循環の話


オープンカフェがあるから行きませんか?とのお誘いを受けて、行ってまいりました。
(写真を撮る癖をつけなくちゃ。すみません。全体像の写真はないです)
ライプツィヒには”誰でも集まれる場所”がたくさん存在します。
(日本だったら、何か集まろうとなると、「何か買わないと」と思っちゃいますよね。)

今回行ったのは、あるプロジェクトを応援するために1日だけオープンしたカフェ。
スイミング教室のプロジェクトで、各テーブルにはそのフライヤーが置いてありました。
カフェの食べ物、飲み物はおそらく持ち寄り制。
たくさんの手作りケーキや、紅茶・コーヒーが並んでいました。
中にはアルコールも。
ドイツビール
(これだけはパチリ。ドイツにて初ビールだったもんで)
好きなものを取って、食べて、お金はドネイト制です。
自分の好きな金額だけ箱に入れます。
結構お札も入っていました。
プロジェクトの内容に共感したり、カフェの食べ物に満足したら、好きな料金払う。こうやって新たな循環を生み出す。なんか良いな。と思いました。
別にカフェに来る人には何の制限もなく、子供からおじいさんまでたくさんの人が集まって、それぞれ会話を楽しんでいました。
おそらく、いつでもこうやって人が集まる場所がそこにはあって、たまたま今回は目的があり、イベントになったのでしょう。

みんながいつでも集まれる場所・・・。なかなかありませんね。

私がお世話になる日本の家もいつも1階スペースは解放していて(イベントもよくやっていますが)誰でも入ることができます。
必要があればお茶やビールなんかも売っていますが、何か買わなきゃいけないなんてこともなくゆる〜い感じです。
日本だど、公民館を借りるのにももちろんお金がいるし、タダで使えるところってほとんどありませんよね。誰かの家くらい?!
(あ!一個あった!この話はまたおいおい)
きっと、こうやってフリーに解放しているうちに人が集まり、イベントをする運びになったんじゃないでしょうか。まずはフリースペースにして、そこからじゃあイベントやってみよう。というふうになったんじゃないのかな。

こんなスペース、日本にももっと欲しい!と心から思います。
日本での暮らしはなにをするのにもお金がまず先行しているように思います。
まずはタダでやったらいいじゃない。タダはちょっと・・・でも投げ銭とか。
お客さんに値段を決めてもらったらいいんです。(私もドネイト制のパフォーマンスしてみようかな?)

実は、こちらに来る際、Tシャツを1枚しか持ってこなかったんです。

これは単純に私のミスなのですが(1日でパッキングなんてするもんじゃありませんね)到着してパジャマになるものを出そうとしてびっくりしました。あれ?ない・・・。笑
仕方ないので、「どっかに買いに行こうかな〜」と呟いたら、「あ、服ですか?あげますよ。」と3着、日本の家の方からいただきました。
「え、これは何の服ですか?」
「これは、今までに来た人が置いて行ったものです。いらないのでどうぞ。」
・・・なるほど!確かに永住しない限りはどこかで帰国します。要らない服は誰かにあげたり、共有のスペースに置いていくのは非常に賢い。
また、「服は道で拾えますよ。」
・・・?!
拾う?服を?!と思いましたが、実際みんな結構拾っているそうで、要らなくなった服などは箱に入れて道に置いておけば、他に必要な人がとって帰るシステムが何となく構築されているそうなんです。
「だから要らなくなったら、道に置いておけばいいんですよ。」
すごいぞ!

こんな風に回っています。
以前に来た時に感じた、何となくみんな時間があって、お金に対する執着がないな〜。という感覚は、この循環の中で生きているからなのかな、と少し思いました。


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA