隣町Halleへの旅②〜アウグスト・ヘルマン・フランケ編〜


ハレへの旅の続編です。
ハレに来た一番の理由は、ここハレのマルティン・ルター大学で教育学を学んでいる方のお話を聞かせていただくためでした。

お会いしてお話を聞かせていただくと、日本とドイツの教育者育成のシステムの違いが非常に興味深く、とても熱い内容となりました。
ああ、全然知らなかったな。と。
決して日本を批判するわけではありませんが、こうやって外に出てわかることが非常に多いです。
日本では、私も当たり前に4年間の大学の中で単位を取得し、教育実習に行って、教員免許を取り、教職につきました。
そのシステムの中に私もいました。6年間。

こんなものなのかな?

疑問に思わないで続けることもできました。
だけど、今こうやって外に出て、やっとわかることもある。

もちろん、私は実際にこちらの大学に通っているわけではありませんので、何がどう違うのかわかったふりをすることはできません。
しかし、たった1日、お話を聞いただけで、こんなに違うんだ!そりゃそうだよな!と納得する点がたくさんあったのも事実です。
来てみなければ分からなかったこと、仕事を辞めてみないと分からなかったことなんです。

そんな彼が通っている学校を案内してもらいました。(日曜日なので人気はなし)

マルティン・ルター大学は、あの宗教革命で有名なルターが建てた・・・訳ではなく古い2つの大学が統合された時に、この名前がついたそうです。
こちらの像は、アウグスト・ヘルマン・フランケさん。
Halle9彼は、貧しい子供に無償で教育機会を与えたとして有名ですが、その歴史はなんと、ペスタロッチよりも古いというからびっくり。
ここハレに貧しい者のための学校を作った彼の功績は今でも讃えられており、この建物自体が今、世界文化遺産に登録を目指されているんだとか。
Halle10
こちらが、学校の正面。
今でも、学童やワークショップなど、多くの人に解放されています。
また、中には大学だけでなく、青少年が通う学校や老人ホームまで幅広く揃っています。
また、フランケはそもそも敬虔主義者ですので、学校の外観は真っ白で、当時から変わらない校舎に感動しました。

平日は中に入って文献を見ることもできるそうなので、必ず戻ってこようと決めました。
ここで勉強している方に聞いたお話は、これから私が学んでいく事と合わせて、しっかりまとめて言葉にし、いつか日本で発表する機会があればいいなと思っています。

Halle11
世界の大学巡りが趣味な私。
今回もゲットしてしまいましたw
マルティン・ルター大学のTシャツです。いいでしょ。

その後も、ハレの街を色々と案内していただきました。
そんなハレの公園で出会ったこちら・・・
Halle12
ビーバーかな?何かな?と言っていたのですが、ツイッターにあげたところ、教えていただきました。
どうやら、ヌートリアちゃんだそうです。かわいいね。

一昔前、ハレは工場地でこの川も汚染され、ヌートリアもいなくなったそうです。
しかし市民が力を合わせて環境を良くし、ヌートリアが戻ってくるまでになったそうです。
この川べりには寝ころぶことのできるベンチが何台かあり、ハレに住んでいたら、毎日来るだろうな〜と思いました。
ライプツィヒにも自然はたくさんありますがね、ヌートリアにはあったことがありません。

そんなハレの旅。
最後はビールを飲んで、無事ライプツィヒに帰って来ました!

ああ、実りある日帰り旅だった。
ちょっとエネルギー使いすぎで疲れてしまった私でした。


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