ゴミの話


こちらに来て、毎日のように考えるのは、日本にいた時、どれだけゴミを出していたかということ。
こちらでも、もちろん、ビニールに入って売っているものもたくさんありますし、プラスチックの容器もあります。
だけど、日本にいた時と比べて確実にその量が少ない。
日本はめちゃくちゃ便利だけど、毎日異様にゴミを出していたな。と考える日々です。

例えばお昼ご飯。
仕事をしていた時、私は朝も昼もコンビニでした。
カップ麺を食べる日もよくありました。
カップ麺一つにしても、コンビニで買うと必ずビニール袋に入れてくれますし、割り箸ももらえます。
またカップ麺自体もビニールで包まれていて、中の薬味やスープの素も全部ビニールで小包装。
割り箸もビニールに入っています。
食べ終わったらきちんと分別もせずに、ポイッて捨てていました。
便利なんです。めちゃくちゃ便利なんですが、私は社会科の教師だったので、授業で大気汚染の話、もちろんダイオキシンの話もしていました。
どうして生殖異常が起こるのか、地球上になかった毒を作り出したのは人間であることも生徒に話して来ました。
だけど、その一方でこんな指示もしていました。
「宿泊行事の日は捨てられる容器でお弁当を持参しなさい。」
なんという矛盾でしょう。その矛盾に気がつく暇は私にはありませんでした。

ドイツで暮らすようになって、相当ゴミが減りました。
買い物に行っても袋はくれません。どうしてもの場合は購入します。
自分のバックに入れるか、何かエコバック的なものを持参します。
もしくは商品が仕入れの時に入っていたダンボールが置いてあるのでそれを使います。
なんの不便もありません。

ゴミもかなり細かく分別します。
BIO(生ゴミ)、プラスチック、紙、その他。
ビール瓶は使いまわします。買ったお店に持っていくとデポジットを返してもらえます。
最初は少し面倒でしたが、慣れると何も感じません。むしろ、日本にいた頃、どうしてあんなにゴミを出していたのか不思議なくらいでした。

ああ、知る必要があるな、と感じました。
別にそこまでしなくても、生きていけるということを。
私たちは便利な生活と引き換えに少しずつ少しずつ、環境を汚染していっているということ。

やはり、自分が教師をやっていた頃のことを思い出します。
例えば文化祭。
模擬店をやるときに、もっと生徒に教えることができたのではないか。
あの時に食材はどこから来るのか(安い商品ではなく安全な食材は何か、安全とは誰が決めるのか、など)、ゴミの分別の仕方、など、ただご飯を作って提供する行事としてではなく、体験をもって仕組みのこと地球のことなどを生徒と共に知るチャンスだったのではないか。
先述の宿泊行事もそうです。
確かに弁当箱は荷物になる。ですが、そこはあえて荷物になる方を選ぶべきだったのではないでしょうか。
1学年分の”捨てられる容器”ってかなりの量のゴミです。
宿泊施設でお弁当箱を洗う時間と場所を設け、もって帰ればいいのです。
・・・など、様々なことを考えます。

私たちは日々、与えられているものの中から選んでいるに過ぎない。そこに疑問を持たないと何か大きな流れの中で取り返しのつかないことになってしまいそうな気がします。

もちろん、ドイツだって完璧じゃないですが、個人と国の意識が高く、勉強になります。
こんなことを、日本に帰っても伝えていきたいな、と感じました。

興味深い記事を見つけたので、リンクを貼ります。
こういう取り組みは、日本や他の国でもやっていけば良いと思います。
<大事なのは、自分で決めること。廃棄食品を提供するイギリスのスーパーマーケットは、モノのやりとりを超えた関係を生み出す>
http://greenz.jp/2017/01/08/therealjunkfoodproject_supermarket-2/

最後はうちに溜まっていくビール瓶の蓋の写真でさようなら〜
ビール瓶の蓋


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