ドイツへのワーキングホリデービザを取ってみた①


私ごとですが、最近、ドイツへのワーキングホリデービザを取得しました。
ビザを取得する際に、私もいろんなホームページやブログをチェックさせていただいて、参考にさせて頂いたので私も記録用に書いてみようと思います。

私が検索した内容は「ワーホリ 申請」とか「ワーホリ 方法」とかも多かったのですが、まず最初に検索したのが・・
「娘 ワーホリ」「妻 ワーホリ」「退職 ワーホリ」「ワーホリ 親 説得」・・・
って、めちゃめちゃメンタルなところじゃないか!!

インターネットって便利なものでして・・・

ってあんまり出てこない!!!
結婚して、夫もいて、30歳で(あ、3月21日で31歳になりました)、ワーホリを申請するなんてクレイジーな人、この世にいないんじゃないか?
いや、そこまでクレイジーだったら、そんなところ気にしないのか?

と、不安になりました。

なので、まずは私の一番の関門、両親への告白編をお伝えしようと思います。
後々、申請の仕方やお金のことなども書いていけたらと思います。
では、始まり始まり〜〜。

まず、私のドイツへのワーホリは、2010年ぐらいから決まっていました。
イギリスへ演劇留学へしていた時に、友達のシアターリサーチにひっついてドイツのライプツィヒという場所に行きました。
空港に着いた途端、なぜか心奪われ、気づけばライプツィヒの魅力にどっぷり・・・。その後日本に帰国してからも度々訪れ、いつか絶対に住みたい!と思っていました。
長期で行くにはやはりワーホリのビザが好都合。だって、働けるし、1年間いられるんです。
ということで、私は「行く。」ということだけ決めていました。

ですが、やっぱり両親に告白するって、やっぱり緊張してしまいまして。なかなか言い出せずにおりました。
口に出せないまま月日は流れ・・・気がつけば7年も経っていました。
私もギリギリ申請できる30歳。もう、言うしかない。ということで、先日実家の重い扉を開けてまいりました。
まずは、「話したいことがある。」とスタート。

私「話したいことがある。」
母「なに?」
私「・・・実はこの3月で退職します。」
母「えー。せっかく楽しんでやってたのに。なんでー。」
まだまだ平穏なムード。
まあ、結婚もしていますしね、妊活かな?くらいでしょうか。
母「やっぱり、嫌なこととかあんの?」
私「ない。明日にでも戻りたい。」
母「ほな、なんで?」
私「・・・実はドイツに行こうと思っていまして。」
父母「は?」
(状況が変わった〜)
父母「どう言うこと?」
私「ワーホリです。」
父「ワーホリ?」
母「ワーキングホリデー。」(すでに嫌そう。)

ワーキングホリデーって、”ホリデー”と言うだけあって、やっぱり聞こえが良くないのでしょうか。
良くないですね。実際。”バカホリ”なんて言葉もネットで調べるとヒットします。なんでやねん。
厳しいなぁ、日本。
社会じゃ通用しない!ってそうかなあ。

続きます。

父「ドイツに行って何をするのか。」
私「シュタイナーを始め、教育機関を見てリサーチしたい。」
父「シュタイナー?」
母「シュタイナーよ。」(←けどきっとわかってない。)
父「わかりやすく一言で。」
私「魂の邪魔をしない教育法。」
父母「・・・。」
父「ヨーロッパでテロが起こっている中、デメリットしかないように思うが。」
私「日本にいたって、明日地震が来るかもしれない。」
私「ずっとライプツィヒに住みたかった。そして、ワーホリには年齢制限がある。」
母「どうせ、もう申請とか済んでるんでしょ。」
私「はい。」
母「これは、相談じゃなくて、報告よね。」
(さすが母さま、お見通し。)
私「そうですね。」

このあと、父や母から一番言われたことはやはりいい歳なんだから、妊娠についてでした。
・私が嫁いだ時は25歳で産めと言われた
・30歳を超えるとリスクが高まる
これは別に嫌味でもなんでもなく、私も受け入れることができました。
我々夫婦も、子供を全く望んでいないわけではありません。
「もちろん、2人で生きていくと言う選択もあるけどね。」と言うセリフの後に父が言った言葉で涙腺が緩んでしまいました。

「私は、お前と妹が来てくれて幸せだった。」

父よ・・・。ここで泣かせないでくれ。
確かに、女にはリミットがあります。まだまだと思っていないで、考えることも必要だよな。
そして母からは

「結婚した責任を取りなさい。」

と何度も言われました。
これに関しては、未だに「?」です。私が幼いのか理解ができていないのか。
結婚した責任ってなんでしょう。家族を作ることでしょうか。女にしかわからない何かでしょうか。うーん。
あとは、お金のこと。老後のことは考えているのか、資産はあるのか。
また、ドイツ語の勉強は?とも言われました。これは痛いところです。
結局何年もあったのに、忙しいを言い訳にして挫折を繰り返していました。(・・・ですので早速ドイツ語の先生を探しました。→見つかりました!2ヶ月頑張ります!)

最終的には、もちろん、これは報告でしたので、
「ほな、まあ行ってらっしゃい。」
となりましたが、後味は全然良くなかったです。

私はここで気がついたことがあります。
小さい頃からずっと、何かを決める時、言い出す時、どうしても言えなくて言えなくて言えなくて、結局自分で動き出して、報告して怒られる。と言うのを繰り返していました。
今回もそうです。まぁ、今回はもう家を出ていますし、いい大人ですし、勝手にせぇよ。って感じですが、未成年だった頃も、例えば勝手にアルバイトやオーディションに申し込んだり、イギリスへの留学も(これは成人していましたが)勝手にアプリケーションを送っていました。

「相談してくれたら良かったのに・・・」

私はなんで今まで相談というステップを踏まなかったんだろう。と気づきました。遅すぎますよね。
私の友人や夫がわかってくれるのは、常にありのままの自分でいて、「ドイツ行きたい!」「ライプツィヒの魅力は・・・!」「こんなことしたい!」「こんな人にあった!」「どうしたらいいかな?」など、相談や報告を繰り返して来たからなんですよね。
なぜか親にだけは昔から相談というステップを踏まず、報告まで持っていってしまっていました。
思い返すと、もしかしたらどこかにトラウマとかがあったのかもしれませんが、そんなの思い出せないです。
親も相談から入っていたら、あんなに行きたがってたしな。と思ってくれたかもしれません。
もしくは、もっと応援を前提としたアドバイスをもらえたかもしれません。

親子関係って難しいです。
気がつくのが遅すぎました。

ですので、皆さん、何か理解を得たい時は、まず相談。時間をかけて相談。ありのままの自分を話す、もしくは話せる関係性を作ることをお勧めします。
そう言えば、実家にいるときもほとんど自分の部屋にいたなあ。なんて反省しています。

お母さんも、娘から「話したいことがある。」より「相談にのって欲しい。」の方が嬉しいし安心ですよね。

これが、今回のワーホリ申請で学んだ一つのことです。

また、物理的な申請の仕方なども記事にしたいと思います。
参考になるといいな。

ぽっけ


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