ちょっとまってください


今日は午前中は声楽のレッスンへ。
そうなんです。私こう見えて、17歳から歌ってるんです。
ドイツに行っている間はもちろんお休みしていましたが、一時帰国中は思うところがあり、また行き始めました。

やっていることは超クラシックなんですが、BELIEVEの稽古が始まってからは、ミュージカルの曲もレッスンで歌うようにしています。それも、日本語の。
当然、大切にしているアリアも歌いますが。

人に演出をつける以上、自分もやっておくことにはやっぱり意味があります。
もちろん、自分が実演するのと、演出をつけること、また教えることはそれぞれ違った技術が必要です。
しかし、やっぱり実際にやっている人の気持ちを知るには自分も歌うのが早いですね。
ということで、時間をぬってレッスンに通っています。

私も演出をつける時に散々、呼吸も感情も喉までで作る!臓器で作る!なんて言っていますが、実際自分が歌ってみると、気持ちが入れば入るほど、呼吸が浅くなり、喉で歌ってします。
だからいかに呼吸が大切か、がわかります。

日々、トレーニング。やっていないと、すぐにばれます。
また、長い時間を費やして得てきたものはそんなすぐには崩れません。
芸事って奥が深い・・・。

さて、夜はいろんな予定と予定の間にすっぽり時間ができたので、ナイロン100℃の「ちょっとまってください」を観劇に行きました。
結論、サイコー。
いや、本当に、マジで、サイコー。

私の演劇人生を大きく変えた存在であるケラさんの戯曲、演出にまた度肝を抜かれました。
なんていうか・・・言葉にできない。

グサグサくるんじゃなくて、じんわり伝わる強い意思というか、これを作りあげるのに一切妥協しなかったんだろうなっていう細かさ、私にここまでできるかなっていう敗北感。
どこをとっても素晴らしいのですが、やっぱりラスト。

私も最近常々思って考えて感じて悩んでいること。
今の自分たちの状況にぴったりと当てはまってしまって「ちょっとまってください!!!!」と心から叫びたかった。
これは演劇のすごい力を見せつけられてしまいました。

ここまで妥協しないで公演を打つことが私にはできるでしょうか。
劇団だからなせる技かもしれませんが、ここまで作品に向き合うことができるでしょうか。
でも、できないといけないと思います。

商業でもそうでなくても、作品は作品。
自分の子供のような存在です。
子供を妥協して作ることはできないはずです。
いろんな事情があるけれど、そんなことは言い訳にしかならなくて、どうしても言わないといけないこと、演劇の力を借りないといけないことがあると私は信じています。

信じているからこそ、こうやって演劇を続けてきたんだろうな、とも思います。
何が言いたいかって。

今私の作っている作品、絶対妥協したくないってことです。


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