YUKUE -序章 –


今更だけど2月12日、YUIKUE -序章 -がBIGCATにて終了しました。
観劇いただいたみなさま、関係者の皆様、本当にありがとう、お疲れ様。
序章にも関わらずBIGCATは超満員。
立ち見が出るような盛況ぶりで、ありがたいばかり。
一夜限りだったので、反響というか、この後の展開はわからないけれど、
多くの方に目撃してもらったので、良かった。ありがとう。

やりたいことを詰め込んだ序章だった。
そもそも頭の中にある本編を、切り取り、順序を変えてオムニバスにする。
その中にも線の通ったものを作り上げていき
順に壊していく。
そんな世界を作ったつもり。

同業者には受けが良くなかったけれど、面白かったのが異業種のアーティストから好評をいただくことが多かった。
なんというか、正直、日本のエンタメ至上主義に疲れきった私にとって
これは本当に嬉しかった。
これを舞台にあげるのは、額縁のない絵画を見せるようなものだということは始まる前からわかっていたし
私一人がやるならいいけれど、それにこんなにたくさんの人を巻き込んでいいのかしら、という迷いはあった。

難しいけれどやるしかない。
言葉や文章が専門の私が、言葉を使わない方法で表す。
正直、難しかった。
ダンスや歌は私のコンテンツではないので、そこをどうやって扱うかは信頼できる仲間に託すしかない。
そこには葛藤もあったし、違った関係が生まれていくのもわかった。
見たくないものが見えた瞬間もあれば、拍子抜けするほど単純な回答もあった。
今回のベストには落ち着いたと思うからそれで良い。

何事も、やり遂げないと、ただのビッグマウスで終わる。
私が去年BIGCATでやると言った時もそう。
自分自身もこうやってBIGCATで作品を上演し、今、次の制作会議に向けて考えているなんて思いもよらなかった。
誰だって最初はビッグマウス。そこからどう実現するかが鍵だ。

アーティストはビジネスマンと組むべきだと思う。
少なくとも、私のようなニッチな芸術をする人は。
私の周りのビジネスマンは「先生の好きにしなはれ。」と稽古場には一切来ないし、楽屋にも入らない。
私を通してつながりを生み、もちろんその他のものも生んでいく。
私は分かんないのでそちら側には一切口出ししない。
これがなければ、好きなアートなんて生まれない。
こんなこと、当たり前なんだけど、誰もがその方法を見つけるのに苦労する。
やりたいことだけをやるのはとても綺麗事で、でもある意味とても簡単なこと。


やりたいことだけをすればいいんだ。

YUKUEの序章は私にそう思わせてくれた。
それは、目に見える、キャストやスタッフだけでなく、裏でオーガナイズしてくれた人がいたからこそ。
昔P⭐︎MAPという名前で公演を打っていたが、そのころを何が違うの?とよく聞かれる。
答えを言うならば私が基本的に裏に関与していないと言うことだ。
そこに絡んでくるいざこざ、目に見えない圧力、期待、勝手に失望されたり傷つかれたり…大きくなっても回せるなんて到底思わなかったから、手放した。

今との違いはそこだ。

今、私が回しているのは、作品だけだ。
だから半端なく全てを注げる。この環境はものすごくありがたい。

YUKUEの序章を世に出すにあたって、私は正直怖かった。
エンターテイメントじゃなくちゃいけなくて、”泣かせ”なくちゃいけなくて”感動”しなきゃいけなくて”伏線を回収”しなくちゃいけなくて、”勇気”を与えなくちゃいけない、そんな縛りから抜け出したかった。
誰もが自由な発想で生きていいのに、それを奪っているのが、想像力を欠如させているのが今の世の中なんじゃないかって、言うなればそれだけを、言いたかった。
ただ、それだけ。
エンタメを批判しているんじゃない。だけど、エンタメじゃないといけない、日本の商業界、PR界、社会全体が怖かった。

公演を終えて、確かに手応えを感じたのも事実。
言葉や握手でそれを表現してくれたお客様がいて、これはすごいものになると確信してくれた関係者がいた。
ああ、やってよかったな、と思った。

そして何より、一緒に走ってくれた仲間。
彼らがYUKUEを作ったと言っても過言じゃない。
私は何か持って稽古場に来てくれないと、何も出て来ない演出家だからね。
彼らが私を演出家にしてくれたんやと思います。
ありがとさん。

さ、次に向けて走ります。
ご報告とお礼が遅くなってごめんなさい。
本当にありがとうございました。

せんす


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