おばあちゃん


ドイツに来る前におばあちゃんに会いに行きました。

おばあちゃんは私がドイツにいるときに亡くなってしまったけれど。

普段は戦争の話なんて絶対しなかった一度も私は聞いたことがなかったのに、急に話し出した、ドイツに行く前日。
これは何かやな、と思ったので、途中からiPhoneで録音しました。

おばあちゃんが長いこと話せたのはあれが最期だったので、録音しておいてよかった、と思う反面、ずっと聞けずにいました。

あれから2ヶ月。まだまだですが。

今日はちょっと音源をいじったり聞いたりすることがあったので、ボイスメモを整理していたら、出てきました。

あ、なんとなく(酔っ払っていたし)聞けるかも。と思って聞いてみました。

食べることが大好きだったおばあちゃん。
戦後、医学の道に進んだおばあちゃん。
そしてとても早くおじいちゃんを亡くしたおばあちゃん。

話は戦時中の食べ物の話と、医者になった話。
そして、おじいちゃんの話。
お父さんの話。

最後まで頭がしっかりしていたおばあちゃん。
聞き直しても、ものすごくしっかりした話です。

ちょうど1年前くらいの頃。

1年後にはもう居なくなっちゃうなんて、あの時は想像していたかな…。

この音源はずっと大事に持っておこうと思います。15分弱の短い会話だけど。

私にとっては本当に大切な宝物。
いつか、きっと、まだまだ先だと思いますが、お父さんにも聞かせてあげようかなぁ。
まだ、わからないけど。

私は歳の離れた長女、初孫だったので、一人っ子、一人孫の時間を長い間独り占めさせてもらいました。
おばあちゃんともたくさんの時間をともにしました。
旅行も、たくさん行ったね。

顔も私、おばあちゃんにとてもよく似ています。
小学校の校医さんだったおばあちゃん、おばあちゃんが来たら一発でわかるほど。
父とセットで来たら、もう爆笑。(父にも似て居ます)

最後は私がドイツにいくことを知らせずに、お別れになってしまいましたが、きっと遅かれ早かれおばあちゃんは知っていたよね。
亡くなったと聞いた日も、目の前の売り切れてしまった飛行機のチケット。
これはきっと、おばあちゃんが帰って来るな。
と言ってるんだと思いました。

「時間を粗末にしたらあかんよ。」

ずっと残っているおばあちゃんの言葉。
ずっと忘れずに、私の座右の銘にしたいと思います。

結婚式にもすごくおしゃれをして、登れないかもしれないと言われていた階段をとても元気に登って式も披露宴もバッチリ出席してくれたね。
他の孫はまだ若いから、子供を見せられるとしたら私だけかなぁ。
でも…。
と思ったこともありました。(実は)
結局、ひ孫の姿は見せられなくて、ごめんね。

だけど、ある日家族でお見舞いに行った時に、家族の前では私に早く産めと言ったあと、二人っきりになったとき
「さっきはああ言ったけど、おばあちゃんもあんたのお父ちゃんを産んだのは32の時や。焦らんでええ。」
って。
おばあちゃんはきっと、きっと、私のことを理解してくれたよね。

長女で初孫なのに家族の中で私だけ医者にならなかったのを、きっと良くは思っていないだろう、とか、それに対して鬱陶しいな、とか思ったこともあります。やっぱり。
でも、きっとずっと、今も、いつまでも、私の味方でいてくれると思っています。

なんだか、急に音声を聞いたので、いまの気持ちを書いておきたくて、ブログにしました。

あ〜。
こんな夜もいいよね。
きっと、おばあちゃんが近くにいるんだと思います。


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